【2026年調査】「ドラえもん(1973年版)」は打ち切りだったの?半年で終わった理由と最終回の結末

調査ファイルの表紙。ドラえもん(1973年版)は打ち切りだったの? アニメ

最初のテレビアニメ『ドラえもん』は、1973年4月から9月まで、日本テレビ系で半年だけ放送された作品です。いま知られている『ドラえもん』とは制作会社が違い、放送後は再放送もほとんどありませんでした。終わった理由は、出典によって書き方が割れています。誰がどこで何と書いたかを、日付つきで並べます。

アニオタのイラスト。メガネにバンダナの人物アニオタ

ドラえもんにも、打ち切られた時代があったって本当?

打ち切りGメンのイラスト。青い丸の中の、黒い帽子とサングラスの人物打ち切りGメン

半年で終わったのは事実だ。ただ、その理由には「制作会社の社長が失踪した」と「視聴率が低かった」の二通りの話がある。どちらが本当か、出典ごとに見ていこう。

作品名 ドラえもん(1973年版)
放送局・制作 日本テレビ系列/制作:日本テレビ動画(シンエイ動画ではない)
放送時間 毎週日曜 19:00〜19:30(関東)
放送期間 1973年4月1日〜9月30日
話数 全52話(15分の話を2本で1回の構成。話数の出典は1つ)
平均視聴率 6.6%(関東・ビデオリサーチ。安藤健二氏の調査として。出典は1つ)
打ち切り判定 🟡 半年で終わったが、打ち切りかどうかは決められない
判定の根拠 制作会社の解散は、複数の記事が一致して伝えている。一方、視聴率が継続の条件に届かなかったという話は、出典が1つ。局や制作側が「打ち切り」と発表した記録は見つかっていない。
確かめた日と出典 2026年11月8日/出典は記事の末尾に一覧

1973年版ドラえもんは打ち切りだったの?

打ち切りの5つのサインを、1973年版ドラえもんで調べた
打ち切りのサイン 1973年版ドラえもんの場合 結果
予定より話数が減った 契約は最初から2クール(約半年)だった、という記述がある。これが正しければ、半年は予定どおり。出典は1つ 判断が分かれる
放送枠が途中で変わった 日曜19時台(関東)で放送。途中で変わった記録は出てこない サインなし
最終回が総集編や駆け足だった 総集編ではない。ドラえもんが去る内容の原作エピソードを使い、制作期間は約2週間と伝えられる。出典は1つ サインなし
物語が終わっていない 原作は連載が続いていた。最終回のエンドカードは「次回をお楽しみに」だったと伝えられる。出典は1つ 判断が分かれる
制作側が打ち切りと発表・発言した 発表の記録はない。元制作担当者は、社長が消えた理由は今も分からないと証言している(livedoor、2019年12月17日) サインなし

はっきり当てはまるサインは0、判断が分かれるのが2、当てはまらないのが3でした。「打ち切り」と言い切る材料も、否定する材料も、そろっていません。

1973年版ドラえもんは、1973年4月から9月まで、日本テレビで放送された

放送は1973年4月1日に始まり、9月30日の最終回まで、毎週日曜の19時から30分間だった。関東での時間帯だ。制作は日本テレビ動画で、シンエイ動画ではない。

放送期間は、livedoor(Nicheee!、2019年12月17日)も「4月から9月、最終回は9月30日」と書いていて、放送記録をまとめた資料と一致します。制作会社を日本テレビ動画とする点は、ダ・ヴィンチWeb(2016年11月21日)とlivedoorも同じです。

1973年版ドラえもんは、日本テレビが打ち切りを公式に発表した記録は見つかっていない

日本テレビ、小学館、制作側のいずれにも、「打ち切り」と発表した記録は見つかっていません。「打ち切り」という言葉が出てくるのは、あとの時代の記事です。livedoor(2019年12月17日)の見出しは「社長が失踪してしまい、半年で打ち切りに!?」で、疑問符つきでした。

同じ記事で、元制作担当の真佐美ジュン氏は「なぜ社長が消えたのか、今もって分かりません」と語っています。制作の現場にいた人が、終わった事情を断定していません。

1973年版ドラえもんが半年で終わった理由

  1. 放送開始。日曜19時台(関東)
  2. 日本テレビ動画の実質経営者が失踪する
  3. 最終回。放送の終了とともに、会社も解散したと伝えられる

1973年版ドラえもんは、制作会社の日本テレビ動画が1973年の夏に解散した

日本テレビ動画の実質経営者が、1973年の夏に失踪した。会社はそのまま解散している。

この点は3つの記事が一致します。livedoor(2019年12月17日)は元制作担当者の証言を載せ、ダ・ヴィンチWeb(2016年11月21日)は安藤健二氏の『封印作品の謎 テレビアニメ・特撮編』に基づいて書いています。失踪の時期を8月中旬、解散を9月30日の放送終了とともにと書いた記述もあります。どれも、失踪した理由までは書いていません。

経営者の名前は、出典で少し違います。livedoorは新倉雅美氏と書き、ダ・ヴィンチWebは「渡辺清(通称・新倉雅美)」としています。ダ・ヴィンチWebは、新倉雅美を通称として扱っています。

1973年版ドラえもんは、視聴率が10%に届かなかったと言われている

安藤健二氏の調査として伝わる話では、契約は2クールで、視聴率が10%を超えれば継続という条件だった。関東の平均視聴率は6.6%、最高は9.1%で、10%を超えた回は一度もない。

この数字の出典は、調べた範囲では1つだけです。安藤氏が2008年に洋泉社から出した『封印作品の憂鬱』が、元の資料として挙げられています。livedoorとダ・ヴィンチWebには、視聴率の記述がありません。

1973年版ドラえもん 関東の視聴率と、継続の条件

継続の条件10.0%
最高9.1%
前半の平均7.2%
全体の平均6.6%
後半の平均6.6%

棒の長さは、継続の条件の10%を100%にした割合。数字はすべて、安藤健二氏の調査として伝わるもの(出典は1つ)。

契約が2クールだったなら、半年での終了は、予定どおりだったことになります。この場合、条件に届かなかったのに続けられなかった、という筋にはなりません。数字が正しいのか、条件の話が正しいのか、1つの出典だけでは決められません。

1973年版ドラえもんは、人気が出ず半年で打ち切られたと書く記事もある

東洋経済オンライン(2019年2月3日)は、中村陽子記者が漫画家のえびはら武司氏に聞いた記事で、人気が出ずに半年で打ち切りになった、という趣旨を書いています。えびはら氏は、原作にない話やキャラクターの追加、途中の声優の交代が不評の一因だった、と述べています。

これは、えびはら氏の意見として載っている話です。視聴率や契約書といった資料は示されていません。同じ「半年で打ち切り」でも、livedoorは社長の失踪、東洋経済は不人気と、理由は別々です。

1973年版ドラえもんの「打ち切り」の噂は、どこまでが事実か

1973年版ドラえもんについて広まっている説と、その裏づけ
言われていること 裏づけ 打ち切りの根拠になるか
放送は半年で終わった あり放送記録、livedoor、ダ・ヴィンチWebが一致 判断が分かれる半年だったことと、打ち切りかどうかは別
制作会社の社長が失踪して、会社が解散した あり3つの記事が一致。失踪の理由は不明 判断が分かれる続けられなくなった原因としては有力。ただ、発表はない
視聴率が低くて打ち切りになった 出典は1つ平均6.6%という数字は、安藤健二氏の調査として伝わるもの 判断が分かれる2クール契約という記述が正しければ、予定どおりの終了
裏番組のマジンガーZに負けた なし個人の回答で語られるだけで、資料は示されていない 判断が分かれる根拠がなく、扱えない
藤子・F・不二雄氏が反対して封印された 出典は1つダ・ヴィンチWebが、伝聞の形で書いている ならない再放送が続かなかった理由の話で、1973年の終了とは別

藤子・F・不二雄が反対して封印された、という話は、再放送が続かなかった理由の話

ダ・ヴィンチWeb(2016年11月21日)は、安藤健二氏の書籍に基づき、原作者の藤子・F・不二雄氏が日本テレビ版に強く反対したため、再放送されなかったと書いています。ただ、同じ記事は「全く気に入ってなかったらしい」と伝聞の形で、本人の発言の引用ではありません。

再放送は、1979年に富山テレビで流れたものの、9回で終わったとも書かれています。ビデオ販売もなく、見る手段がない作品として扱われてきました(ダ・ヴィンチWeb、livedoor)。

この話が説明しているのは、放送のあとの扱いです。1973年に半年で終わった理由とは、時期が違います。

裏番組のマジンガーZに負けた、という説は、裏づけが見つかっていない

日曜夜の裏番組にマジンガーZがあり、そこに視聴率を取られた、という説は、ネット上の回答などで語られています。ただ、番組表や視聴率の資料は示されておらず、出どころは個人の書き込みでした。

調べた範囲の記事には、この説を支える記述がありません。事実としては扱わず、噂としてここに置きます。

1973年版ドラえもんは、打ち切りか、会社の解散か、はっきり分からない作品

半年で終わった理由を、誰がどう書いているか
誰が・どこで 書いていること どちらの立場か
ダ・ヴィンチWeb
2016年11月21日
安藤健二氏の書籍に基づき、制作会社の経営者の失踪と解散を伝える。視聴率の記述はない 会社の解散
東洋経済オンライン
2019年2月3日
漫画家のえびはら武司氏が、人気が出ず半年で打ち切りになったという趣旨を述べる 不人気で打ち切り
livedoor(Nicheee!)
2019年12月17日
社長の失踪と解散を伝える。元制作担当者は、失踪の理由は今も分からないと証言。視聴率の記述はない 会社の解散
放送記録をまとめた資料 契約は2クール、視聴率10%超なら継続の条件。平均6.6%で、10%を超えた回はない。同時に、失踪と解散も書く 両方を並べる

半年で終わったこと、制作会社が夏に解散したことは、出典が一致しています。視聴率の数字と、10%の条件は、安藤健二氏の調査として伝わる1つの系統です。

どちらが直接の原因かを書いた、局や制作側の公式な資料は見つかっていません。失踪した経営者が、なぜ姿を消したのかも不明です。だからこの作品は、打ち切りとも、会社の解散による終了とも、決められません。

出典:Wikipedia「ドラえもん (1973年のテレビアニメ)」(放送枠、話数、契約と視聴率、最終回の内容。視聴率の元として安藤健二氏の調査を挙げている)、ダ・ヴィンチWeb(2016年11月21日)、livedoorニュース(Nicheee!、2019年12月17日)、東洋経済オンライン(2019年2月3日)、Yahoo!知恵袋の質問と回答(広まっている説の把握のため。事実の根拠にはしていない)。安藤健二氏の『封印作品の憂鬱』『封印作品の謎 テレビアニメ・特撮編』は、上記の記事を通じて確認した。確認日:2026年11月8日。

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