『宇宙戦艦ヤマト』は、1974年10月から翌年3月まで、全26話が放送されました。当初は全39話の予定で、13話ぶん縮んでいます。短縮の理由は、視聴率、裏番組、制作費、納品の遅れと、書く人によって違います。どの説を誰がいつ書いたのか、順に整理します。
ヤマトって、あれだけ有名な作品なのに、打ち切りだったの?
全39話の予定が26話に縮んだのは、記事で確かめられる。人気が広がったのは、放送が終わってからの再放送だ。
どうして縮んだの?
そこは説が分かれている。誰が、いつ、何と書いたかを、表にして見ていこう。
| 作品名 | 宇宙戦艦ヤマト(テレビ第1作) |
|---|---|
| 放送局 | 日本テレビ系 |
| 放送時間 | 毎週日曜 19:30 |
| 放送期間 | 1974年10月6日〜1975年3月30日 |
| 話数 | 全26話(当初は全39話の予定) |
| 平均視聴率 | 6.0%(ビデオリサーチ)/7.3%(ニールセン) |
| 打ち切り判定 | 🔴 打ち切り(39話の予定が26話で終了。物語は完結している) |
| 判定の根拠 | 放送が決まったあと、全39話から全26話に短縮された。Forbes JAPAN(2022年9月6日)と現代ビジネス(2020年4月10日)が一致している。最終回では、ヤマトが地球に帰還して物語が閉じる。 |
| 確かめた日と出典 | 2026年11月8日/出典は記事の末尾に一覧 |
ヤマトは打ち切りだったの?
| 打ち切りのサイン | ヤマトの場合 | 結果 |
|---|---|---|
| 予定より話数が減った | 全39話の予定が26話に短縮された(Forbes JAPAN、現代ビジネスの2記事が一致) | サインあり |
| 放送枠が途中で変わった | 日曜19時30分。途中で変わった記録は確認できない | サインなし |
| 最終回が総集編や駆け足だった | 第26話は総集編ではない。駆け足だったかどうかは分からない | サインなし |
| 物語が終わっていない | ヤマトが地球に帰還し、地球が青さを取り戻して終わる | サインなし |
| 制作側が打ち切りと発表・発言した | 公式な発表は出ていない。理由は、視聴率説と納品説に分かれる | 判断できない |
はっきり当てはまるのは、話数の短縮の1つです。物語が閉じていない形跡はなく、短縮の理由も、制作側の説明がないため決められません。
ヤマトは視聴率が伸びず、全39話の予定が26話に短縮された
『宇宙戦艦ヤマト』は、当初、全39話の予定だった。放送されたのは全26話で、13話ぶん短縮されている。
ヤマトの話数 予定と実際
棒の長さは、当初の39話を100%にした割合。Forbes JAPAN(2022年9月6日)と現代ビジネス(2020年4月10日)による。
Forbes JAPAN編集部(2022年9月6日)は、当初39話の予定だったものが26話に短縮された、と書いています。理由には、視聴率の伸び悩みと制作費の問題を挙げました。現代ビジネスの高堀冬彦さん(2020年4月10日)も、当初は全39話で、26話で打ち切られたと書いています。39話から26話への短縮は、この2記事で一致します。
企画の初期には、全52話の構想があったという記述もあります。ただ、同じ資料の別の箇所では51話と書かれていて、ほかの記事には出てきません。この数字は、どちらが正しいか決められません。
ヤマトは1975年3月30日の第26話「地球よ、ヤマトは帰って来た!!」で完結した
最終話は、1975年3月30日に放送された第26話「地球よ、ヤマトは帰って来た!!」。脚本は藤川桂介さん、絵コンテは松本零士さんと石黒昇さんが担当した。
第1話は1974年10月6日。日本テレビ系の日曜19時30分という枠は、Forbes JAPANと現代ビジネスで一致している。
ヤマトの最終回は、地球に帰還して終わる
最終話で、ヤマトは2200年9月6日に地球へ帰還する。荒廃していた地球は、青さを取り戻す。物語は、そこで完結する。
総集編ではなく、帰還を描く1話として放送された。
ヤマトが26話で終わった理由
短縮の理由について、制作側の公式な発表は出ていません。出典に出てくる説は、4つあります。
| 言われていること | 誰が書いたか | 数字・根拠 | 扱い |
|---|---|---|---|
| 視聴率が低かった | Forbes JAPAN(2022年9月6日)、現代ビジネス(2020年4月10日)ほか | 本放送の平均6.0%(ビデオリサーチ)、7.3%(ニールセン) | 複数の出典が一致 |
| 裏番組のハイジが強かった | Forbes JAPAN、現代ビジネスほか | ハイジは平均20%超(Forbes JAPAN)、常時20%前後(現代ビジネス) | 複数の出典が一致 |
| 制作費が予算を超えた | ある資料の注記。誰の発言かは分からない | 1話あたり500万円の予算の計算が、800万円かかった | 出どころ不明 |
| 納品が間に合わなかった | 安彦良和さんの見方として紹介されている | 推測。裏づける数字は示されていない | 1人の推測 |
ヤマトは裏番組の「アルプスの少女ハイジ」に、視聴率で大きく差をつけられた
ヤマトの裏には、フジテレビの『アルプスの少女ハイジ』があった。同じ日曜の19時30分に放送されていた番組だ。
この裏番組の関係は、Forbes JAPAN、現代ビジネスなど、複数の資料が一致して書いています。ヤマトの本放送の平均視聴率は、ビデオリサーチで6.0%、ニールセンで7.3%でした。Forbes JAPANは7.3%の数字だけを載せ、現代ビジネスは「7%台」の「大失敗」と評しています。
日曜19時30分の平均視聴率
棒の長さは、ハイジの20%を100%にした割合。調査会社が違う数字を並べているため、厳密な比較ではない。ハイジは現代ビジネスでは「常時20%前後」。
差は3倍前後です。ただ、ハイジが放送を終えたのは1974年12月で、ヤマトの最終回はその3か月後でした(Forbes JAPAN)。裏番組と同時期だったのは、放送の前半だけです。
ヤマトは制作費が予算を超えていたと言われている
ある資料には、1話あたりの予算を500万円と計算していたところ、実際は800万円かかり、1話ごとに100万円単位の赤字が出た、と書かれています。誰の発言なのかは分かりません。
Forbes JAPANも制作費の問題に触れていますが、金額は書いていません。金額が出ているのは1か所だけなので、数字は「そう書かれている」までです。
ヤマトは視聴率のせいではなく、納品が間に合わなかったからだという説もある
視聴率が原因ではない、という見方もあります。安彦良和さんは、放送スケジュールに間に合う形でフィルムを納品できなくなり、西崎義展さんの側から降りたのではないか、と推測していると紹介されています。
あくまで推測で、制作側の公式な説明ではありません。短縮について松本零士さんや西崎さん本人が語った言葉は、これらの記事には出てきません。視聴率説と納品説は、どちらも当事者の説明がないまま、並んでいます。
ヤマトは打ち切りのあと、再放送で人気が広がった
ヤマトは1975年から、札幌テレビや読売テレビで再放送が始まった
再放送は、1975年9月に札幌テレビ、1976年1月に読売テレビで始まった。ほかの地域にも広がり、評価が見直されていく。
現代ビジネスの高堀冬彦さん(2020年4月10日)は、日本テレビの平日午後4時台の再放送にも触れています。低視聴率だった番組が改めて注目される「敗者復活戦枠」で、視聴の中心は中学生、広がったのは口コミだったという分析です。筆者の見方を含む記事です。
Forbes JAPAN(2022年9月6日)も、再放送で人気に火がつき、社会現象級のブームになったと書いています。日本テレビの再放送の視聴率が20%だったという記述もありますが、出典は1つです。
ヤマトは1977年の総集編の映画で、配給収入が9億3000万円になった
1977年には、テレビ版を総集編にした映画が、お盆の時期に公開された。
現代ビジネス(2020年4月10日)によると、この映画の配給収入は9億3000万円です。この金額を書いているのは、今回たどった資料の中では、この記事だけでした。
ヤマトは打ち切りで終わったが、再放送で人気が広がった作品
- 第1話。日本テレビ系の日曜19時30分で放送開始
- 裏番組の『アルプスの少女ハイジ』が放送を終える
- 第26話で完結。当初の全39話から短縮
- 札幌テレビで再放送
- 読売テレビで再放送
- 総集編の映画。配給収入は9億3000万円(現代ビジネス)
短縮の理由は、視聴率説と納品説が並んだままで、決め手になる発言はありません。はっきりしているのは、26話で完結したことと、評価が変わったのは再放送からだったことです。
出典:Forbes JAPAN(2022年9月6日)、現代ビジネス・高堀冬彦さんの記事(2020年4月10日)、Wikipedia「宇宙戦艦ヤマト」(最終回の内容、視聴率の調査会社別の数字、制作費、安彦良和さんの推測、再放送の開始時期は、この記事の記述による)。確認日:2026年11月8日。
